うなぎパイはなぜ「夜のお菓子」なの?

静岡の銘菓である「うなぎパイ」。有名な「夜のお菓子」というキャッチフレーズが、ウナギ=精力増強というイメージからよからぬ想像を掻き立てられているようですが、このキャッチフレーズの由来は全く別の意味が込められています。

キャッチフレーズの本当の意味

うなぎパイは1949年に創業された老舗の和菓子屋「春華堂」によって製造販売されています。販売開始当初、東海道新幹線や東名高速道路の開通が重なり、一気に静岡の名産物として全国的に知名度を高めていきました。

うなぎパイの生地にはウナギのエキスが練りこまれており、「夜のお菓子」というキャッチフレーズが見事に「ウナギ=精力増強」というイメージを根付かせてしまったのです。しかし本来は「うなぎパイをお土産に選んで頂き、夜の一家団欒のひと時を楽しんで欲しい」という想いが込められたキャッチフレーズなのです。

同社自身も一人歩きしてしまったキャッチフレーズの意味を否定することはしませんでした。むしろあえて精力増強をイメージさせる赤マムシドリンクをヒントに、パッケージデザインも赤と黒をモチーフにした色合いに変更したほどです。

「トドのつまり」の”トド”って何?

トドのつまり、◯◯なんだね」という風に使われる言葉で、「結局のところ」という意味で使われますが、この「トド」とは何を表しているかご存知ですか?

トドのつまりの語源

「トド」と言えば水棲生物でアシカの仲間の「海馬(トド)」を想像しがちですが、これは全く関係ありません。海に住む生き物という点では間違いではないのですが、「トド」は魚の名前なのです。

ボラという魚を知っているでしょうか?ボラはスズキやブリなどに代表される出世魚の一つです。トドはボラが出世した最終形で、「オボコ → スバシリ → イナ → ボラ → トド」という風に出世していきます。

この事から、オボコの出世がトドで詰まってしまう様子を「トドのつまり」と言い、「結果的に」、「最終的に」という意味で使われるようになったのです。

最後の演目を務める人を「トリ」というのはなぜ?

年末と言え紅白歌合戦が風物詩となっています。毎年、どの歌手がトリを取るのか楽しみなものですが、なぜ舞台で最後の出番の人を「トリ」と呼ぶのでしょうか。

「トリ」の語源

例えばお笑い番組でも、最後に漫才やコントを行う人は「トリを務めるのはこの方」という風に紹介がされます。

トリは元々、落語を演じる寄席からきた用語で、漢字では「取り」と書きます。

その言葉通り、昔はその日の最後の演目を務めた演者が、まずその日の売り上げを取り上げ、そこから他の演者に対してギャラを分配していたのです。これを「取り」と「割り」といい、その演者のキャリアやその日の功績によって分配されていたそうです。

ドトールコーヒーの社名の由来

日本国内だけでも1300店舗以上を展開している喫茶店「ドトールコーヒー」ですが、実は創業者は日本人なのです。ではなぜ「ドトール」という名称を付けたのでしょうか。

ドトールの名前の由来

「ドトール」はポルトガル語で「医者、博士」を意味します。コーヒーとは全く無縁の単語のように思えます。それもそのはず、ドトールは地名を表しているのです。

ドトールコーヒーの創業者、鳥羽博道は、21歳の若さにして単身ブラジルへと渡り、コーヒー農園に勤めたのです。その当時の下宿先の住所が「ドトール・ピント・フェライス通り85番地」であり、この地からのスタートするという想いを込めて、1962年にコーヒー焙煎会社を設立。1980年には原宿にドトールコーヒー1号店をオープンするまでに至るのです。

「どんぶり勘定」は器の丼とは無関係

どんぶり勘定」とは、細かな計算や記帳などせずに、大まかにお金を使うことを言います。大きな丼で小銭をすくい、バラ撒くかの様にお金を使うようなイメージがありますが、実際は器の丼は全くもって無関係なのです。

どんぶり勘定の「どんぶり」とは

どんぶり勘定の「どんぶり」とは、その昔、職人が付けていた胴巻きの事で、この胴巻きは防寒対策の他、財布や煙管(キセル)などの小物入れとしても活用されていました。江戸っ子気質の職人は、後先考えずに胴巻きからヒョイヒョイとお金を払っていたことから、いつしかそんな勘定を「どんぶり勘定」と呼ぶようになったのです。

「お蔵入り」は蔵に入れるワケではない

お蔵入り」とはいわゆる「ボツ」になってしまった作品の事を指します。これが、日の目を浴びないことから蔵にしまわれるというイメージがありますが、語源は全く違う意味でした。

「お蔵入り」の語源

映画や舞台など、大ヒットすればロングラン公演がされて興行収入も破格の桁を叩き出しますが、その裏には数々のお蔵入り作品もあります。

昔から舞台や演劇などの最終日のことを「千秋楽」と呼ばれてきました。この千秋楽の事を、業界では「楽(ラク)になる」と言っていたのです。さらに現代のテレビ業界の用語のように、言葉を逆さまにされ「クラになる」と呼ばれ出します。

売り上げの悪い作品は早くに千秋楽を迎えることになってしまい、そのような作品は「クラになった」と言われ、今でいう「おクラ入りになった」という言葉が誕生したのです。

くさやは貧乏”くささ”から生まれた?

伊豆諸島の特産品として知られる「くさや」。魚の加工食品であるくさやですが、特徴は何と言っても独特な「臭さ」でしょう。この臭いが苦手な方も多いでしょうが、食べると不思議と美味しいのも特徴の一つでしょう。一体なぜ、こんなにも臭い食品が生まれたのでしょうか。

くさやの作り方

くさやはムロアジ、トビウオなどの魚を開き、「くさや液」と呼ばれる液体に最長で20時間も付けた後、天日干しされる発酵加工食品です。このくさや液がくさやを作り上げる全てといえるでしょう。このくさや液は古いもので数百年も使っては足され、使っては足されを繰り返されています。本来は発酵させる目的で使用する液体は、毎回新しいものが使われるのですが、くさやにいたっては何度も同じ液体が使われます。その起源にはこんなエピソードがあります。

くさやの誕生

江戸時代には年貢という制度がありました。年貢は主に米で収められますが、伊豆諸島は稲作や畑作に向いていないため、塩を年貢として収めていました。もちろん塩は大変貴重であり、勝手に使用することは厳禁とされていました。

また、伊豆諸島は漁業も盛んであり、釣れた魚を江戸に運ぶまでに悪くなってしまわないよう、保存食として塩漬けの魚が生み出されたのです。しかし前述ひた通り塩漬けに使用するための塩は大変貴重であり、自由に使うことが出来ません。ここから、同じ塩水を使い続けた結果、偶然誕生したのがくさやであると言われてます。

今では貧乏くさいと言われそうな誕生秘話ですが、その時代では仕方のなかったことなのです。

「弘法にも筆の誤り」、弘法は何を誤った?

弘法にも筆の誤り」は、「どんな達人であろうが、失敗はするもの」という意味のことわざです。同じ意味をもつことわざとして「猿も木から落ちる」があります。しかし弘法は一体何を誤ったというのでしょうか。

弘法って誰?

弘法(こうぼう)とは、平安時代に実在した僧で、仏教の宗派である真言宗の開祖である「弘法大師」の事です。あまり聞きなれない名前ですが、これは「空海」という人物の尊称なのです。空海といえば歴史の授業で習った覚えがある人も多いでしょう。

空海は書の達人としてもとても有名な人物でした。そんな空海が、筆を誤る、つまり文字を間違えたところからことわざが誕生したのです。

何の字を間違えたのか

当時の天皇の命を受けて、京都の応天門の額を書くことになりました。しかし「応」の字にある「心」の点を一つ書き忘れてしまったのです。

この事から、書の達人であっても文字を間違えることがある。という教訓がことわざとして誕生したのです。

しかし話はここで終わりません。あろう事か門に飾られた額めがけて筆を投げつけ、点を足したというのです。流石は達人。やる事がダイナミックです。

ちなみに

「弘法も筆の誤り」と覚えられがちですが、正しくは「弘法にも筆の誤り」です。どちらを使っても間違いにはなりませんが、出来れば正しい言葉を使いたいものです。

水死体の事をなぜ「土左衛門」と呼ぶのか

実は江戸時代からある古い言葉なのですが、なぜ水死体の事を「土左衛門どざえもん)」と呼ぶのでしょうか。

土左衛門は実在した人物?

水死体は一度水底に沈むものの、時間とともに腐敗ガスが溜まり水上へと浮かんできます。この際に身体は水を吸ってブヨブヨに膨らんでしまいます。

この姿が江戸時代に実在した相撲取り「成瀬川 土左衛門」に似ているとされたのです。彼は非常に色白でアンコ型の体型をしていたことから、まるで水死体の様だということから、水死体=土左衛門という呼び名が定着してしまったのです。

江戸の時代には水死体が上がる事は珍しいことではありませんでしたが、当の本人、土左衛門の死因は溺死ではないと言われています。

また、力士の四股名は襲名されることが多いですが、この事が災いしたのか、成瀬川以降は襲名されることはありませんでした。

「紅一点」は女性を指す言葉ではない

男性グループの中に女性がポツンと一人いる事を「紅一点」と言いますが、元々は女性の事を指す言葉ではなかったのです。

紅一点の意味

「紅一点」とは、中国の詩人、王安石が作った『詠柘榴詩』という詩にある「万緑叢中(ばんりょくそうちゅう)紅一点」の略で、「一面緑の草原の中に一つだけ赤い柘榴(ザクロ)が咲いている」という意味の言葉なのです。

草原の中でポツンと咲く紅いザクロの美しさを詠っている詩なのですが、現在ではこの意味が転じて、男性ばかりの中に女性が一人だけ混ざっていることや、ひときわ目立つ存在のことを指す意味となっているのです。