「彼女に振られた」の「振る」は、「振袖」の袖を振ることから?

2015/5/28 2021/1/2 語源・由来

振袖巣姿の若い女性

「彼女に振られた」というときの「振る」という言葉は、一体どこから来ているのでしょうか?

「振る」は女性が男性へ自分の気持ちを伝えるとき、振袖を振ったことから

昔は、女性が意中の男性へ自分の気持ちを伝えるとき、振袖(ふりそで)のたもとを左右に振るというしぐさで伝えました。

一方、つきまとわないで欲しいと思ったときには、袖を前後に振って伝えました。

これが、現在の恋愛で使われる、「振る」「振られる」という言い回しの由来です。

ちなみに、既婚女性は、もう男性を選ぶ必要がないということで、「留め袖(とめそで)」を着るようになりました。

電話で開口一番にいう「もしもし」は、最初「オイオイ」だった?

2015/6/5 2022/4/30 語源・由来

電話機

電話をかけるときは、「もしもし」とまず相手に声をかけます。

この「もしもし」の語源は、「これから何かいいますよ」という気持で、「申します、申します」と言ったのが一般化し、後にこれが省略されて、「もしもし」になったといわれています。

が、どうもこれは違うようです。

電話で開口一番にいう「もしもし」は、最初「オイオイ」だった

東京の電話交換が始まったのは明治23年(1890年)2月16日のことですが、これに先立ち、電話交換の公開実験が催されています。
そのときの模様が、同年の5月17日付けの読売新聞に、以下のように載っています。

『ここにおいて需要者は、聴音器を両耳にあて、器械の中央に突出する筒先を口にあて、先ず「オイオイ」と呼びて用意を問い合わせ、(交換手につないでもらい、相手が出ると)「オイオイ」の声を発して注意し、先方よりの承諾の挨拶あるを聴音器にて聞き取り、それより用談に入るなり』

つまり、電話が開通した初めの頃は、「もしもし」ではなくて、「オイオイ」だったのです。

「オイオイとは、ずいぶん威張った乱暴ないい方で、それこそ「オイオイ、それはないだろう」と突っ込みを入れたくなりますが、何しろ、当時は電話機を持っている人といえば、政治家、高級官吏(こうきゅうかんり)、実業家など、お偉いさんばかりだったわけなので、これは当然といえば当然のことです。

当時の電話帳を開いてみると、渋沢栄一(158番)、大隈重信(177番)、後藤象二郎(247番)などの名前が見られます。

ところで、電話に出て「オイオイ」といわれたら、答える方は何といったのでしょうか?
「オイオイ」に対する受け答えの言葉は、何と「ハイ、ヨウゴザンス」でした。

この「オイオイ」「ハイ、ヨウゴザンス」が、いつ頃から「もしもし」に変わったのかは、今のところ明らかになっていません。

「間抜け」の語源は、歌舞伎で間を取り忘れることから?

2015/6/8 2019/2/17 語源・由来

歌舞伎

「間抜け」の”間(ま)”とは、歌舞伎の間のことです。
間を取るべきところで間を取り忘れる、つまり、間が抜けることを、「間抜け」と呼びました。

ここから転じて、考えや行動に抜かりがある意となり、さらに、愚鈍な人を罵(ののし)る言葉となりました。

えっ? カボチャは「カンボジア」が訛ってできた言葉だった?

2015/6/24 2022/4/30 語源・由来

カボチャ

カボチャという言葉は、一体どこから来ているのでしょうか?
実はこれ、「カンボジア」が訛(なま)ってできた言葉なのでした。

カボチャは「カンボジア」が訛ってできた言葉だった

16世紀頃、日本に入ってきたカボチャは、カンボジア産ということで、当初「カボチャ瓜」と呼ばれ、それが訛(なま)って「カボチャ」と呼ばれるようになりました。

また、カボチャは漢字で南瓜と書きますが、これは「南蛮渡来の瓜」という意味です。

ちなみに、日本全国各地には、冬至(とうじ)にカボチャを食べるという風習が残っています。
しかしながら、この風習は江戸時代の記録にはなく、明治時代以降の風習とされます。

また、日本では女性の好きな食べ物として、江戸時代から「芝居・コンニャク・イモ・タコ・南瓜(なんきん)」の5つが挙げられることがありました(落語『親子茶屋』など)。

愚か者を意味する「たわけ者」のたわけは、「田分け」の意味?

2015/6/26 2021/9/20 語源・由来

たわけ者


「たわけ者!」

子供の人数で田を分けていくと、孫の代、ひ孫の代になっていくにしたがって、それぞれのもつ面積は狭くなり、収穫もわずかしか入らなくなり、家系は衰退します。

そのような、愚かなことをバカにして、「たわけ者」というようになったとする説が一般的です。

これは本当なのでしょうか?

「たわけ者」が「田分け」の意味だというのは俗説

結論を先に書けば、これは俗説です。
「たわけ」というのは、「ばかけたことをする」「ふざける」などを意味する「戯(たわ)く」の連用形が名詞となった言葉であり、この説は「戯け」を「田分け」としゃれたものなのです。

つまるところ、「たわけ者」は「戯け者」が正しい語源となります。

「根回し」は、実は3年もかけて行なうものだった?

2015/7/5 2019/2/17 語源・由来

根回し

「根回し」という言葉がありますが、もともとの意味は、庭師が樹木をある場所からある場所まで移植するときに、樹木がうまく根づくようにすることで、これには3年もの時間がかかりました。

交渉で「根回し」というと、「関係者にあらかじめ意図や事情などを説明し、ある程度の了解を得ておくこと」ですが、この意味で使われ始めたのは昭和40年頃からで、40年代半ばに一般化されました。

「冷たい」の語源は?

2015/7/13 2019/2/17 語源・由来

冷たい 氷

「冷たい」の語源は、「爪痛し(つめいたし)」で、これが縮まって「つめたし」となりました。

清少納言の「枕草子」に、「冷たし」と記述されていることから、「爪痛し」は、平安時代には既に「冷たし」に変化していたことが分かります。

「冷たい」の語源は「爪が痛い」 – zatupedia.com
http://zatupedia.com/wiki/?title=「冷たい」の語源は「爪が痛い」

「兎に角」の漢字は、仏教語の「兎角亀毛」に由来していた?

2015/7/16 2019/2/17 語源・由来

仏教 僧侶

「何はともあれ」「さておき」の意味で使われる「兎に角」ですが、この漢字は仏教の「兎角亀毛(とかくきもう)」から取られたものと考えられます。

ただし、兎角亀毛は、「(兎(うさぎ)に角(つの)が生え、亀に毛がはえる意から)この世にありえないもの、実在するはずがないもののたとえ」という意味で、「とにかく」とは意味上の関連はありません。単に、漢字を拝借したものです。

この当て字は、夏目漱石が多用したことで、広く用いられるようになったものと考えられます。

また、「とにかく」は、平安時代から江戸時代まで、「とにかくに」の形で使われていました。
意味は、「あれこれと」「何やかや」で、これが転じて、「いずれにせよ」「何はともあれ」といった意味となりました。

「上戸」、「下戸」は税金の言葉からきた?

2015/8/10 2019/2/16 語源・由来

上戸 下戸

昔から酒飲みのことを「上戸(じょうご)」、酒が飲めない人のことを「下戸(げこ)」と言いますが、この語源は平安時代の税金制度からきているようです。

大宝律令(701年)で、一戸の家に6、7人の成人男子がいる家は上戸、それ以下は下戸と定められました。
これは、いわば貧富(ひんぷ)のランク付けでもありました。
当時は、これによって婚礼の際のお酒の量も制限されました。上戸は8瓶までふるまい酒が許されたのに対して、下戸はせいぜい2瓶程度までとされていたのです。

また、上戸、下戸に関しては以下のような説もあります。
秦(しん)の始皇帝(しこうてい)が、万里の長城を守る兵士たちにねぎらいの言葉を与えました。
その際、寒い山にある長城の門(上戸)には寒さしのぎの酒を、平地の門(下戸)を守る兵士には甘い物を渡したといいます。
ここから、上戸、下戸が使われるようになったというものです。

相撲の「花道」の語源は? – かつて力士が頭に花をさして通ったことから

2015/10/13 2022/4/25 語源・由来

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力士が土俵に向かう通路を花道といいますが、何故「花道」なのでしょうか?

「花道」はこの道をかつて力士が頭に花をさして通ったことから

奈良時代や平安時代には、宮中で盛んに「節会(せつえ)」と呼ばれる相撲大会が行なわれていました。

この大会では、力士が東西に分かれて勝敗を競っていましたが、東方の力士はミツバアオイの花を、西方の力士は夕顔の花を頭にさして登場しました。

頭に花をつけた力士が通ったことから、この通路を花道と呼ぶようになりました。