歴史の雑学

宝塚歌劇団の第一回公演は「桃太郎」

宝塚歌劇団は未婚の女性だけで構成されており、特に女性から強く支持されている歌劇団です。宝塚歌劇団の舞台といえば、絢爛なイメージがありますが、1914年に発足した際の記念すべき第一回公演の作品は、童話「桃太郎」をモチーフにしたものでした。

ドンブラコ

この第一回公演は1914年4月1日から5月30日にかけて宝塚新温泉にて入場無料で上演されました。宝塚歌劇団の初舞台という名目ではなく、宝塚新温泉の集客のために行われました。ステージは施設内の室内プールのプール部分に板を張り、脱衣所を舞台にした簡易的なステージだったのです。

そこで上演されたのが、童話の桃太郎をモチーフにした歌劇『ドンブラコ』でした。

もちろん子ども達が演じるお遊戯会とはレベルを逸しており、独唱・重唱・合唱などそれ相応のスキルが要求される難しい歌劇です。宝塚歌劇団の第一期生達は連日を稽古に費やし、本番後も居残りで稽古を重ねるなどしていたそうです。この努力こそが、今もなお絶大な人気を誇る宝塚歌劇団を作ったといえるでしょう。

扇子(せんす)はメモ帳の代わりだった

あおぐことで風を起こす道具として用いられる扇子。同じ用途で団扇(うちわ)がありますが、ハッキリとした違いは折りたたむことができるかどうかでしょう。扇子は使用しないときは折りたたんでコンパクトな状態にできることが特徴になります。

扇子の歴史

今でこそ扇子は持ち運びに便利な小さな形をしています。しかし最初に登場した扇子の大きさは長さ30cmもある大型のものであり、とても持ち運びが容易なものであるとは言い難い大きさでした。鎌倉時代の遺物としてこの大きさの扇子が発掘されており、この頃の扇子は紙製ではなく、木製の扇子であったことが確認されています。

この木製の扇子は檜扇(ひおうぎ)といい、風を起こすために用いられるのではなく、メモ帳のようなものとして使用されたとされ、冬の扇と呼ばれるようになりました。

その後、平安時代に入ると、現代で使われる扇子の原型となるものが現れ始め、この扇子は風を起こすことを目的とすることから、夏の扇と呼ばれるようになったのです。

「デジカメ」と「デジカム」の違い

現在ではスマートフォンの普及により、手軽に写真や動画の撮影を行うことができます。それに伴い、2000年初頭に出荷ピークを迎えたデジタルカメラは、現在では減少の一途を辿っています。

デジタル記録機器

写真を記録する機器において、「デジカメ(デジタルカメラ)」は今でもよく聞く言葉かと思います。最近ではあまり耳にしませんが、「デジカム」という言葉もあります。これは「デジタルカムコーダ」の略で、撮影部分と録画部分が一体化した動画撮影ようの機器を指し、一般的に扱われているほとんどのビデオカメラは、カムコーダになります。

バッテリー駆動のため、電源がないところでも使用できることから人気を博しましたが、これもまたスマートフォンの登場により需要が低下しています。

つまり本来は「デジカメ」は写真用、「デジカム」は動画用の記録機器でしたが、今ではデジカメでも動画は撮れますし、デジカムで写真を撮ることも可能であり、その言葉の境界は薄らいでいます。

『007』の作者は本物のスパイだった

スパイ映画の金字塔である『007(ジェームズ・ボンド)』シリーズ。原作者はイギリス出身のイアン・ランカスター・フレミングですが、彼が逝去してもなお続編が作られ続け、その全てが世界中でヒットしています。普通、小説というものはフィクションであり、著者が頭の中で描いたこと、いわば空想の出来事です。しかしフレミングは実は過去に本物のスパイとして活動していた時期があるのです。

フレミングの過去

政治家の息子として生まれたフレミングは、青春時代は遊びに熱意を費やしていたようです。高校や陸軍士官学校も中退で終わっています。しかし様々な職業を経て、大手通信社であるロイター通信に就職が決まり、得意のドイツ語やフランス語を駆使して勤務に励み、支局長までのぼりつめます。語学が堪能だったのは、青春時代に数々のガールフレンドとの交友で語学を学んだそうです。

第二次世界大戦が始まると、英海軍情報部(NID)に勤務することになり、情報収集と分析を担当していました。この際、諜報員、つまりスパイとして活動し、後に映画のタイトルともなる「ゴールデンアイ作戦」に参加しました。そして戦後、ジャマイカに購入した別荘に「ゴールデンアイ」と命名したのです。

ゴールデンアイに移住後、これまでの経験をもとに執筆を開始することになるのでした。

日本の地域を「アジア」というのはなぜ?

日本を始めとした、ヨーロッパを除いたユーラシア大陸のことを「アジア」と呼びます。アジアという名称は世界共通ですが、この言葉はどうやって誕生したのでしょうか。

アジアの名称

もともとは、古代ローマからみて東方を指す言葉が起源となっています。地中海の北岸地域がヨーロッパ、南岸地域がアフリカ、地中海の一部であるエーゲ海で隔てられた地中海東岸地域がアジアとされていました。その後、地理的な知見が広まるにつれ、それぞれの地域が明確に定義されるようになります。

当初は、エーゲ海より東側を「日の出」を意味する「アス」、西側を「日の入」を意味する「エレブ」と呼んでいました。この「アス(Asu)」という言葉に、ラテン語の接尾辞である「イア(ia)」がついて、「アジア(Asia)」という言葉が誕生したのです。

「ビビる」は平安時代から使われていた

今や若者だけでなく「いやー、ビビったー!」という言葉を使います。「ビビる」は驚いて尻込みをするような時に使われる表現ですが、なんとこれは現代語ではなく、平安時代から使われていたというのです。

ビビるの語源

そもそも「ビビ」とは振動音を表しています。地震で地面や物が動く様子を想像すると分かりやすいでしょう。平安時代の人は合戦で武士同士の鎧がぶつかり合う「ビンビン」という音を、「ビビる音」と呼んでいました。これが「ビビる」の語源になります。

源氏と平氏が戦った「富士川の戦い」では、鳥が一斉に飛び立った音を平氏側が「ビビる音」と勘違いし、まさに「ビビって」逃げだしたという有名なエピソードも残っています。

7つの輪があるから「七輪」?

魚は焼く時に煙が大量に出てしまいます。今でこそ魚焼きコンロが当たり前のように普及していますが、昔は七輪を持って外で焼いていました。しかしこの七輪という器具、一体何が「七つの輪」なのでしょうか。

七輪の語源

七輪という名前が付いたのにはいくつか説がありますが、共通しているのは「七輪ではなく七厘」であることです。「厘」とは数の単位であり、1の1000分の1の単位です。1厘は0.001であり、7厘は0.007ということになります。

このことから、7厘というわずかな金額で調理ができることや、わずかな重量の墨で調理ができるといったところから、この器具は「七厘」と呼ばれるようになり、次第に「七輪」に転化していったのです。

今ではレジャーや焼肉店などでしか使用する機会がなくなったせいか、七輪で焼いた魚や肉はどこか特別な味わいがする気がします。

ジョン・レノンの髪の毛はオークションの定番アイテム?

伝説的ロックバンド「ビートルズ」のギターボーカルを担当したジョン・レノン。彼は1980年12月8日に自宅前で銃殺されてしまいました。今でもなお、ジョン・レノンの所有していた数々の品物がオークションにかけられ、熱狂的なファンの手に渡っています。その内の一つとして「髪の毛」があります。

ジョン・レノンの頭髪

ジョン・レノンの髪の毛は過去に何度かオークションにかけられています。髪の毛といっても数本程度の抜け毛ではなく、束になったそれなりの量です。

2007年には日本円にして約540万円、2015年には約290万円もの高額で髪の毛が落札されています。そして2016年には過去最大の量の髪の毛が出品されました。

この毛束は1966年に製作されたジョン・レノンが出演した映画『ジョン・レノンの 僕の戦争』の撮影にあたって、ドイツで散髪をした際に担当した理髪師が保管しておいたというもの。この毛束はイギリスのコレクターによって約400万円で落札されました。

戦争にもルールがある

一般的にイメージされる戦争というと、国同士の戦いです。戦争とは暴力行使による問題の解決であり、人類は戦争を繰り返してきました。当然ながら戦争には人命がかかっているため、一見すると戦争に勝つためには手段は選んでいられないと思われがちですが、戦争にもルールが存在するのです。

戦争のルール

戦争は国際条約によってある程度の取り決めがなされています。その代表となるのが「非人道的であってはならない」というもの。例えば第一次世界大戦で人々に恐怖を与えた毒ガスや、対人地雷の使用は禁止されています。これは戦争が終わった後も後遺症が残るため、必要以上の苦痛を与え続けてしまうという観点からです。

他にも次のような禁止事項があります。

  • 降伏しているものを攻撃してはならない。
  • 民間人を攻撃してはならない。
  • 捕虜等の人権を尊重する。
  • 病院などの施設を攻撃してはならない。

実際にこれらの項目が厳守されているかというと、完全に守られていないのが現状のようです。そもそも人殺しの戦争においてルールがあること自体がおかしな話で、それならば戦争そのものを規制するべきというのが普通です。しかし様々な物事の考え方の違いによって、どうしても戦争は起こってしまいます。それならば、最低限のルールを設けよう、というのがこの国際法なのです。

「憲法」と「法律」の違い

たびたびテレビなどで憲法を改正しろ!などと訴えている言動を目にします。多くの人がそれに賛同しますが、憲法の改正はなかなか容易なことではないようです。しかし「◯◯法」などという様々な法律は、抜け穴を埋めるがごとく、事あるごとに改定されます。

憲法と法律の違い

法律は非常に多様な種類が存在します。そのどれも、国民を守るためにある、日本に住むものにとって共通のルールです。この法律は、国会が制定しています。

対して憲法は、国がどのようにあるべきか、国民の権利や義務は何かなどを定めたもので、憲法は国にひとつしかありません。これを「最高法規」といい、法律は憲法のもとで定められ、憲法に違約することはできません。つまり憲法は法律のさらに上にある、絶対的なルールなのです。

もちろん憲法の改正を行うことは可能ですが、国会と国民の投票が必要になってくるため容易ではないのです。