身近な雑学

愚か者を意味する「たわけ者」のたわけは、「田分け」の意味?

2015/6/26 2021/9/20 語源・由来

たわけ者


「たわけ者!」

子供の人数で田を分けていくと、孫の代、ひ孫の代になっていくにしたがって、それぞれのもつ面積は狭くなり、収穫もわずかしか入らなくなり、家系は衰退します。

そのような、愚かなことをバカにして、「たわけ者」というようになったとする説が一般的です。

これは本当なのでしょうか?

「たわけ者」が「田分け」の意味だというのは俗説

結論を先に書けば、これは俗説です。
「たわけ」というのは、「ばかけたことをする」「ふざける」などを意味する「戯(たわ)く」の連用形が名詞となった言葉であり、この説は「戯け」を「田分け」としゃれたものなのです。

つまるところ、「たわけ者」は「戯け者」が正しい語源となります。

「根回し」は、実は3年もかけて行なうものだった?

2015/7/5 2019/2/17 語源・由来

根回し

「根回し」という言葉がありますが、もともとの意味は、庭師が樹木をある場所からある場所まで移植するときに、樹木がうまく根づくようにすることで、これには3年もの時間がかかりました。

交渉で「根回し」というと、「関係者にあらかじめ意図や事情などを説明し、ある程度の了解を得ておくこと」ですが、この意味で使われ始めたのは昭和40年頃からで、40年代半ばに一般化されました。

「冷たい」の語源は?

2015/7/13 2019/2/17 語源・由来

冷たい 氷

「冷たい」の語源は、「爪痛し(つめいたし)」で、これが縮まって「つめたし」となりました。

清少納言の「枕草子」に、「冷たし」と記述されていることから、「爪痛し」は、平安時代には既に「冷たし」に変化していたことが分かります。

「冷たい」の語源は「爪が痛い」 – zatupedia.com
http://zatupedia.com/wiki/?title=「冷たい」の語源は「爪が痛い」

「兎に角」の漢字は、仏教語の「兎角亀毛」に由来していた?

2015/7/16 2019/2/17 語源・由来

仏教 僧侶

「何はともあれ」「さておき」の意味で使われる「兎に角」ですが、この漢字は仏教の「兎角亀毛(とかくきもう)」から取られたものと考えられます。

ただし、兎角亀毛は、「(兎(うさぎ)に角(つの)が生え、亀に毛がはえる意から)この世にありえないもの、実在するはずがないもののたとえ」という意味で、「とにかく」とは意味上の関連はありません。単に、漢字を拝借したものです。

この当て字は、夏目漱石が多用したことで、広く用いられるようになったものと考えられます。

また、「とにかく」は、平安時代から江戸時代まで、「とにかくに」の形で使われていました。
意味は、「あれこれと」「何やかや」で、これが転じて、「いずれにせよ」「何はともあれ」といった意味となりました。

「上戸」、「下戸」は税金の言葉からきた?

2015/8/10 2019/2/16 語源・由来

上戸 下戸

昔から酒飲みのことを「上戸(じょうご)」、酒が飲めない人のことを「下戸(げこ)」と言いますが、この語源は平安時代の税金制度からきているようです。

大宝律令(701年)で、一戸の家に6、7人の成人男子がいる家は上戸、それ以下は下戸と定められました。
これは、いわば貧富(ひんぷ)のランク付けでもありました。
当時は、これによって婚礼の際のお酒の量も制限されました。上戸は8瓶までふるまい酒が許されたのに対して、下戸はせいぜい2瓶程度までとされていたのです。

また、上戸、下戸に関しては以下のような説もあります。
秦(しん)の始皇帝(しこうてい)が、万里の長城を守る兵士たちにねぎらいの言葉を与えました。
その際、寒い山にある長城の門(上戸)には寒さしのぎの酒を、平地の門(下戸)を守る兵士には甘い物を渡したといいます。
ここから、上戸、下戸が使われるようになったというものです。

相撲の「花道」の語源は? – かつて力士が頭に花をさして通ったことから

2015/10/13 2022/4/25 語源・由来

sumou_no_hanamichi

力士が土俵に向かう通路を花道といいますが、何故「花道」なのでしょうか?

「花道」はこの道をかつて力士が頭に花をさして通ったことから

奈良時代や平安時代には、宮中で盛んに「節会(せつえ)」と呼ばれる相撲大会が行なわれていました。

この大会では、力士が東西に分かれて勝敗を競っていましたが、東方の力士はミツバアオイの花を、西方の力士は夕顔の花を頭にさして登場しました。

頭に花をつけた力士が通ったことから、この通路を花道と呼ぶようになりました。

ラコステのワニのマークの由来は? – 故郷で呼ばれていた懐かしい自分自身の愛称

2015/10/15 2021/12/17 語源・由来

ポロシャツといえば、ワニのマークの『ラコステ』が有名です。
あのデザインの生みの親は、ラコステの創業者であるルネ・ラコステ(Rene Lacoste)自身です。

ラコステのロゴマーク

ラコステのロゴマーク

写真は、こちらからお借りしました。

彼は、ウインブルドン選手権を2回も制覇(せいは)した伝説的な名テニスプレーヤー。引退後は実業家に転身し、あのワニのマークをトレードマークとしました。
そして、そのデザインは、現役時代の初期に作られたものでした。

それでは、そもそもそのワニは、一体どこから出てきたものなのでしょうか?

ラコステのワニは、故郷で呼ばれていた懐かしい自分自身の愛称だった

ラコステは、スペインの片田舎バスク地方の出身です。
この地方には、手にくくりつけられたラケットでボールを打ち合う、テニスのルーツ「ペロタ(pelota)」という名のスポーツが古くから伝わっていました。

1927年、初めてウインブルドンのコートに立ったラコステは、まだ世界では無名の新人。
が、彼はテニス発祥の地である故郷の人々の誇りと期待を一身に背負って燃えていました。
そのプレッシャーをはねのけるために、故郷で呼ばれていた懐かしい自分の愛称「ワニ」を自分のウェアに刺繍(ししゅう)し、それをお守りのようにして晴れの舞台に臨(のぞ)んだのでした。

そして彼は、その後もこの刺繍に愛着を持ちつづけ、引退後、会社のマークとしてそのまま採用したというわけです。

「贅沢」の語源は?

2016/2/12 2021/2/1 語源・由来

贅沢

「贅沢」という言葉があります。
この言葉の意味を一言で書けば、「身のほどを知らない必要以上の奢(おご)り」となります。
今日は、この言葉の語源について書いてみたいと思います。

「贅沢」の語源は?

贅沢の「贅」は、お金に代わって使用する宝貝(たからがい)に、「余分」「有り余る」の意味をもつ「敖(ゴウ)」を合わせてつくられた会意形成文字(かいいけいせいもじ)です。
贅沢の「沢」は、たたえた水を表わし、「つや」や「うるおい」を意味します。

これらの意味から、「贅沢」は近代より、必要な程度をこえて物事に金銭や物などを使う意味で使われるようになりました。

贅沢な猫

写真はこちらからお借りしました。

この「贅沢」という語は和製漢語で、また、「贅」は漢音で「セイ」、呉音では「セ」。
「ゼイ」と読むのは、日本の慣用音です。

「日の丸弁当」の名前の由来は? – ご飯の中央に梅干し1個を乗せた様子が日の丸に似ていることから

2016/2/24 2021/11/12 語源・由来

日の丸弁当

日の丸弁当(ひのまるべんとう)という言葉は、一体どこから来ているのでしょうか?
今日は、この話を書いてみたいと思います。

「日の丸弁当」の名前の由来は?

「日の丸弁当」は、ご存知の通り、弁当箱に詰めたご飯の中央におかずとして梅干し1個だけを乗せたものですが、この様子(ようす)が日本の国旗(日の丸)のデザインに似ていることからこの名があります。

日の丸弁当は、戦前からありましたが、特に戦時中、毎月1日に設定されていた「興亜奉公日(こうあほうこうび)」の食事に奨励(しょうれい)されたことで知られており、戦時中の代表的な食べ物のひとつと考えられています。

興亜奉公日というのは、国民精神総動員運動の一環として、1939年9月から1942年1月まで実施された生活運動です。
この日は、戦場での兵隊の苦労を偲(しの)んで、日の丸弁当だけで質素(しっそ)に暮らすことが奨励されました。

日の丸弁当が奨励されたのは、特に小学校・中学校で、学校に通う子供たちは、昼食に日の丸弁当を持参しました。
陸軍省では、毎月7日を「日の丸デー」と定め、7銭の日の丸弁当を売って恤兵(じゅっぺい、=戦地にいる兵士のために金銭や品物を贈って慰問(いもん)すること)の費用を捻出(ねんしゅつ)しました。
鉄道の駅弁もやがて、日の丸弁当のみに制限されるようになりました。

「日の丸弁当」の奨励には愛国心を煽る意図も

日の丸弁当の外観は、最初に述べたように日本国旗のイメージに重なるため、愛国弁当としても意味づけられました。
戦時中は特に、愛国心を煽(あお)るために、「日の丸弁当」と呼ばれたといいます。

かくして、「日の丸弁当」の名は、国民精神総動員のスローガン「欲しがりません、勝つまでは」とともに戦時中の流行語にもなりました。

昭和初期の江戸川乱歩の人気小説「怪人二十面相」でも、倹約(けんやく)の象徴として日の丸弁当の場面が盛り込まれるようになった一方、こうした精神論を吹き込む運動を形式主義とし、「御役人衆はうんと旨い物を召し上がって能率を倍加して貰いたい。民衆は日の丸弁当よりも、てきぱきと公務を進捗して貰うことを要望するものである」との批判もありました。

ちなみに、和歌山県日高郡の旧南部川村(後のみなべ町)は梅干しの生産で知られていますが、日の丸弁当の登場によって梅干しの需要(じゅよう)が伸び、さらに、当時の日本軍の弁当に用いられて好評を得たことで、南部梅の基礎となりました。

「パンジー」の語源は? – 花が思索にふける人のように前に傾いていることに由来

2016/8/13 2021/10/30 語源・由来

パンジー

パンジーという言葉は、一体どこから来ているのでしょうか?

パンジーは、フランス語の「pensee(パンセ)」に由来

パンジーは、英語の「pansy」からの外来語で、フランス語の「思想」を意味する単語「pensee(パンセ)」に由来します。
これは、パンジーの花が、人の顔に似ていて、深く思索(しさく)にふけるかのように前に傾くところからきています。

パンジー_2

パンジーは、江戸時代末期に、オランダから渡来しました。
当初は、「遊蝶花(ゆうちょうか)」や「胡蝶菫(こちょうすみれ)」と訳され、その後は「三色菫(さんしきすみれ)」と呼ばれましたが、英語「pansy」から「パンジー」の呼称で定着しました。

現在のパンジーは、野生種に数多くの品種改良を施したもの

パンジーは、1800年代に北欧で、アマチュアの園芸家が野生のサンシキスミレと野生スミレビオラ・ルテア(V. lutea)、さらに近東のスミレビオラ・アルタイカ(V. altaica)を交配して生まれた品種です。

パンジーは、1820年代から1830年代に膨大な交配が行なわれた結果、1835年までには400品種となり、1841年までには、観賞植物として多くの人に親しまれるようになりました。